ソラシティプラザ トップページ

ソラシティプラザは、本郷通りに面した約3,000平方メートルの地上広場と、周りを店舗に囲まれた地下広場の2層の広場で構成されています。地上広場はニコライ堂や湯島聖堂の景観を楽しめるテラスがある開放的で緑豊かな広場、地下広場は陽射しが射し込む賑わいのある快適な広場、いずれも建物利用者や来街者、地域住民の方々の憩いの場として利用いただけます。

軍艦山

このあたりは昭和10年代に岸記念体育会館の施設方針が決定するまで、「軍艦山」と呼ばれ、子供たちの絶好の遊び場となっていました。
本郷通りにより削られて出来た三角地帯の景観からいつしか「軍艦山」と呼ばれるようになります。積み上げられた石垣とその頂上は子供たちにはまさに大きな軍艦。木登りや草の上で相撲を取ったり、冬は屋敷内の竹を切り、即席のスキー板をこしらえて「竹スキー」で遊び、夏にはセミやトンボを採って遊んでいたといいます。また、岩崎邸地下室跡からは、向かいのニコライ堂がよく見え、小学校の図画の時間には、その場所が写生のスポットになっていたということです。
軍艦山先端の石垣とクスノキは往事のまま残され、岩崎彌之助邸擁壁の煉瓦を再利用した歴史案内板や広場のベンチと共に、神田駿河台の歴史ある風景を継承しています。

軍艦山

ニコライ堂

正式名称は「日本ハリストス正教会教団・東京復活大聖堂」ですが、ロシアから日本に正教会を伝道した聖ニコライに因んで、ニコライ堂と呼ばれています。ロシア人建築家のシチュールポフの基本設計を基に、イギリス人のコンドルの実施設計・監督により、明治24年(1891)に完成しました。
大きなドーム屋根を持つビザンチン・リバイバル様式の建物と、高く響く鐘の音が印象的です。関東大震災でドーム屋根が崩壊しましたが、岡田信一郎の設計により昭和4年(1929)に修復復興しました。このため屋根と鐘楼は当初の形とは異なっています。昭和37年(1962)、国の重要文化財に指定されました。

ニコライ堂

岩崎邸・三菱社の煉瓦

煉瓦擁壁は、この場所にあった岩崎彌之助邸・三菱社の擁壁を再利用して造られたものです。岩崎邸・三菱社の煉瓦擁壁は明治時代に築造されたもので、煉瓦の裏面にサクラ印の刻印があることから、小菅集治監で製造されたものであることがわかりました。煉瓦の製法は、型造りではなく、鉄線などで切り取って製作されたもので、1枚1枚微妙に大きさが異なるものです。積み方はイギリス積みと呼ばれ、長手だけの段と小口だけの段を一段おきに積む方法です。

岩崎邸・三菱社の煉瓦

オープンスペース

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