水と緑、文化の香り漂うお茶の水に、
新たに出現したアメニティエリア

大学や病院に囲まれたインテリジェンスなムードを漂わせ、歴史と文化の香りを色濃く醸し出す街・お茶の水。
ポップカルチャー の発信拠点・秋葉原や優れたアーカイブである神田古書店街、神田小川町スポーツ店街に囲まれ、
独自の文化を保つそんなお茶の 水に出現した新しいビジネスアメニティエリア、それが御茶ノ水ソラシティです。

環境への取り組み

御茶ノ水ソラシティは環境負荷に配慮した建築・構造計画を軸に建てられ、地球環境負荷の低減に取り組んでいます。太陽光発電設備の導入では事務所 建築として都内最高レベルの発電容量 を実現。またビルの下を走る地下鉄千 代田線新御茶ノ水駅から湧出水を受け入れ施設内設備での二次利用を実現。使用する上水量の 20%削減を目指しま す。環境への配慮は建物内部に留まらず、開発以前より敷地内にあった樹木 の保存・移植、さらには歴史的資源の 継承にも配慮しています。

「坂の街」お茶の水をバリアフリーに

現在、JR 御茶ノ水駅を頂点とする駿河台は、古くは「神田山 ( かんだやま )」 と呼ばれた丘陵です。その中腹に建つ 御茶ノ水ソラシティは坂道に囲まれており、駅から敷地内を経由し周辺各方 面へと続く快適な歩行者空間をつくる ことで、人々の利便性と回遊性の向上を目指しました。エスカレーターやエ レベーターなどを有機的に配置することで、JR 御茶ノ水駅と東京メトロ新御 茶ノ水駅-御茶ノ水ソラシティ-ワテラス-淡路町方面へのバリアフリー化 も実現しました。

ソラシティプラザ

ソラシティプラザは、本郷通りに面し た約 3,000 平方メートルの地上広場と、 周りを店舗に囲まれた地下広場の 2 層 の広場で構成されています。地上広場 はニコライ堂や湯島聖堂の景観を楽し めるテラスがある開放的で緑豊かな広 場、地下広場は陽射しが射し込む賑わ いのある快適な広場。いずれも建物利 用者や来街者、地域住民の方々の憩い の場として利用いただけます。

地域の歴史・文化を継承

お茶の水周辺には江戸時代からの名所や歴史的な景観が多く残っています。
千代田区神田駿河台 4 丁目 6 番地 ー 御茶ノ水ソラシティが建つこの土地は、かつて岩崎彌之助邸・三菱社があった場所で、100 年以上経った今でも当時築造された石垣や煉 瓦擁壁が再生保存されており、現物を見ることができます。
御茶ノ水ソラシティに残る、土地の記憶を辿ってみませんか。

岩崎邸・三菱社の煉瓦

煉瓦擁壁は、この場所にあった岩崎彌 之助邸・三菱社の擁壁を再利用して造 られたものです。岩崎邸・三菱社の煉 瓦擁壁は明治時代に築造されたもので、 煉瓦の裏面にサクラ印の刻印があることから、小菅集治監で製造されたもの であることがわかりました。煉瓦の製 法は、型造りではなく、鉄線などで切り取って製作されたもので、1 枚 1 枚微 妙に大きさが異なるものです。積み方 は「イギリス積み」と呼ばれる、長手 だけの段と小口だけの段を一段おきに 積む方法です

軍艦山 ‒ ひみつの遊び場

本郷通りに面したビルの南端は昭和の初め「軍艦山」と呼ばれ、子供たちの絶好の遊び場となっていました。通りの増設により削られて出来た三角地帯積み上げられた石垣とその頂上は子供達にはまさに大きな軍艦。岩崎邸地下室跡からは、向かいのニコライ堂がよく見え、小学校の図画の時間には、その場所が写生スポットになっていたそう。軍艦山先端の石垣とクスノキは往事のまま残され、岩崎邸擁壁の煉瓦を再利用した歴史案内板や広場のベンチと共に、神田駿河台の歴史ある風景を継承しています。

大正時代の蔵の復原活用

淡路町の再開発事業計画地には、大正 6 年に書庫蔵として建てられ、その後画 廊として親しまれた蔵がありました。
計画当初は解体される予定でしたが、その文化的価値や地域資源としての重要性は高いと判断され、内部の部材を 再利用し当敷地内へ移築・復原しました。現在は「Gallery 蔵」として、多くの方に作品展示の場として活用され、親しまれています。